メリーランド州
メリーランド州 (Maryland MD)は、米国東部大西洋岸にあり、ワシントンD.C.に隣接して中部大西洋沿岸地域(en:Mid-Atlantic States)を構成する州の一つ。 州名の由来はカトリックのイングランド女王メアリーにちなむ。
州都はアナポリス市、最大都市はボルティモア市。
アメリカで最も古い州の一つで、16世紀初頭にはイタリア人が訪れ、1608年イギリス人ジョン・スミスがここを探検して地図に記している。1631年にチェサピーク湾のケント島に交易所が設置され、1631年から1634年にかけてイギリスのチャールス1世がカルバート兄弟やボルティモア卿に領土を与えた。そしてメリーランドは、1691年6月から1715年5月までイギリスの王領となる。アメリカの独立戦争(1775-83年)ではメリーランドの兵士は勇敢に戦って、ボルティモアに今も残るマックヘンリー要塞は、1814年に再び攻めてきたイギリス軍と25時間にわたる激しい戦いを繰り広げ、頑強に耐え抜いた場所。戦いの後に要塞に堂々とたなびく星条旗を仰いで、フランシス・スコット・キーが「星条旗」という詩を詠み、それが1931年に現在のアメリカ国歌となった。1783年11月から9ヶ月間はアナポリスの議事堂は「国会議事堂」となり、1784年1月にはその議事堂でパリ条約が調印されて、アメリカ合衆国が正式に誕生した。その間事実上「合衆国の首都」であったわけで、大統領のワシントンやジェファーソン、モンロー等の足跡がある。奴隷制度を保持していたが、1861-65年の南北戦争ではリー将軍率いる南軍の北上を引き止め、北軍の一員として戦っている。(メリーランド州投資貿易事務所提供。)
人口動勢
2006年現在、メリーランド州は前年より26,128人、または0.5%増加し、2000年より319,221人、または6.0%増加した、人口5,615,727人と概算される。これは189,158人(出生464,251、死亡275,093)と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者116,713人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は129,730人増加する事となり、合衆国内部の移住者は13,017人減少する事になる。2006年、645,744人は主にラテンアメリカ及びアジアを代表とする外国生まれと考えられている。このうち約4.0%はビザを持たない不法在留外国人である。メリーランド州の人口の多くはw:Baltimore-Washington Metropolitan Area内の、州の中央地域に住んでいる。東部海岸は人口が少ない。メリーランド州の3つの郡 (アレガニー、ガレット、及びワシントン) は山地に位置しており他のメリーランド州の住民よりもウェストバージニア州に似て、まばらに暮らしている。アフリカ系アメリカ人の割合は18世紀のタバコ栽培場生産高がピーク(38%)に達した頃ほど高くないが、メリーランド州には今でも深南部以外の州では最大の黒人人口を有している。メリーランド州の人口重心はジェサップ(Jessup)がある、アンアルンデル郡及びハワード郡の間となっている。
ボルチモア
ボルチモア(Baltimore)はアメリカ合衆国メリーランド州に位置する独立都市である。発音的に近い為、ボルティモアとも表記する。人口は651,154人(2000年国勢調査)だが、2007年現在の推計では637,455人と減少している。ボルチモアは単独でもボルチモア都市圏(MSA)を形成し、2,552,996人(2000年国勢調査)の人口で全米19位の規模を誇る。広域都市圏(CSA)としてワシントンD.C.と連結したボルチモア・ワシントン大都市圏の人口は7,572,647人(2000年国勢調査)で、これは全米4位の規模である。アメリカ東海岸、チェサピーク湾の奥部にあり、古くから天然の良港として知られ、1729年に南部産タバコの輸出港として開かれ発展した。市名は州建設の功労者に因む。
人口動勢
Tアメリカ合衆国の1830年、1840年、及び1850年代の国勢調査において、ボルチモア市は人口で2番目に大きな都市であった。ここは1980年代の国勢調査よりそれぞれの国勢調査でアメリカ合衆国の人口でベスト10位以内に入った。2000年現在の国勢調査GR2で、この都市は人口651,154人、257,996世帯、及び147,057家族が暮らしている。人口密度は3,111.5/km² (8,058.4/mi²) である。1,435.8/km² (3,718.6/mi²) の平均的な密度に300,477軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人31.63%、アフリカン・アメリカン64.34%、先住民0.32%、アジア1.53%、太平洋諸島系0.03%、その他の人種0.67%、及び混血1.47%である。人口の1.70%はヒスパニックまたはラテン系である。この都市内の住民は24.8%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が10.9%、25歳以上44歳以下が29.9%、45歳以上64歳以下が21.2%、及び65歳以上が13.2%にわたっている。中央値年齢は35歳である。女性100人ごとに対して男性は87.4人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は82.9人である。この都市の世帯ごとの平均的な収入は30,078米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は35,438米ドルである。男性は31,767米ドルに対して女性は26,832米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は16,978米ドルである。人口の22.9%及び家族の18.8%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の30.6%及び65歳以上の18.0%は貧困線以下の生活を送っている。